1ヶ月のお気持ち

研修医が始まって早1ヶ月が経とうとしている。

 

私はこの一ヶ月で早速、病院という社会の洗礼を浴びることとなった。

その洗礼は、ついこの間まで学生というぬるま湯に6年間も浸かっていた自分にとってはハードなものであった。

何が辛かったかというと、何もわからず何もできず、かと言ってどうすることもできず、ただただ毎日上司から怒られるしかなかったことだ。

 

 

 

私は研修医生活最初のローテートを外科でスタートすることとなったのだが、これが非常によくなかった。

うちの病院の外科ローテートで研修医がする仕事といえば、毎朝回診し担当患者を診ること、そして腹腔鏡手術で術者が見やすいようにカメラを持つこと、そして夜間でも休日でも緊急手術に呼ばれたらすぐに向かい手伝いをすること、これくらいだ。

内科のようにカルテに割く時間というのは少なく、やはり手術場での仕事が圧倒的に多い。

 


しかし今の研修医1年目というのは、学生の頃、病院実習が始まりだしたと同時にコロナが流行りだした世代でもある。

そのため実習は、コロナのせいで制限を受ける場面も少なからずあった。

制限を受けなかった大学もあるのかもしれないが、少なくともうちの大学ではそうだった。

 

例えば、手術の術野には殆ど入らせてもらえなかったのがそうだ。
そのため、先生達が手術している背中をずっと外野から見守り続けるだけの実習だった。
ガウンを身にまとって実際に術野に入った回数など片手で数えられるほどしかない。

 

そのため、カメラなんて一度も触ったことがなく、研修医になってから初めて手渡されたカメラの操作は非常に不慣れでたどたどしいものであった。

なおかつ、4月から始まった全く新しい環境×社会人生活自体が初めて×外科の先生たちが気難しくて怖いということもあって、私の緊張感はかなり高かった。(今でも外科の先生達に対しての緊張は唯一解けていないが)

こういったことから私のカメラ操作は異常なまでにそれはそれはもう、非常に”ヘタクソ”だったのだ。

 


それだけではない。

人間というのはストレス状態にかかると、他者に対して攻撃的になってしまう生き物なのだろうか。
手術中になると、普段から怖そうな外科の先生達が余計に怖くなるのだ。
オペ看に対しても私に対しても。


当時カメラを握って1回目2回目だった私に対しても、「こっちだって」「ひいて!」「近付いて」「もっと」「いやそっちじゃないって」とものすごい圧で指示を投げてきたのだ。

最近でこそ、どんな手順で手術しているのかおおよそ分かるが、当時はまだチンプンカンプンだった私に対して、次こうするのは当たり前でしょ?と向こうの常識を全世界の常識だと言わんばかりに押し付けてくるのだ。

文字にしてみると全然怖くないが、手術中の怖い先生達が真ん前と真横からすごい圧をかけてくるのだからそれはもうしんどい。怖い。


語尾からイライラしてるのがひしひと伝わってくる。
そして私は私で至って真剣であるため、すみません!と謝りながらも頑張って映そうとする。
しかしうまくできない。

 


まず先生の言う「外見せて!」がモニターでいう外側なのか、患者のお腹から見て外側なのかが分からない。どこの外なんだよ!!

 

「上見せて!」が、モニターの上側を映せばいいのか、カメラのレバーを上に回せばいいのか分からない。どこの上だよ!!

 

「エンケイして!」という初めて聞く言葉の漢字も意味も分からない(エンケイというのは遠景という言葉で、カメラを少し遠ざけてくれという意)

知らねーよ!!

 


最近は、先生が何を求めているのか何となく察しがつくようになってきたが、当時の私は上とか外といった共通認識がまるでなく、あわわわとなってしまっていた。

今となっては仕方のないことのように思う。

 

そうして私は初めてカメラを手にした日からカメラと手術が嫌いになってしまった。

 


結局カメラ初回の日は自分がポンコツ過ぎたために、先生にカメラを取り上げられてしまった。
その後もカメラをさせて貰える機会があれど、その度に怒られたりカメラを取り上げられたりしてしまうのであった。

 


カメラの何がキツイかって、一人の時に練習できないことだ。
糸結びは糸があれば一人でコソ練できる。

勉強は教科書があればどこでもできる。

しかし、カメラは手術室にしかないのである。
上手くなりたくても本番で練習するしかないのだ!
つまり、カメラ操作のセンスが無い人にとって、怒られる道は避けては通れない。

そして一生上手くならない可能性だって0ではないのだ。

これは地獄である。

 

 

 

しかし私は昔から緊張しやすいタイプで、怒られると体に力がぐっと入ってしまうようなのだ。

しかも、2人の人に同時に怒られたりすると、脳内のCPUの使用率が200%位になってしまうのだ。
自分のキャパを軽く超えて軽いパニック状態になってしまう。
手術中は術者と助手の二人に一斉にあれやこれやと詰められるのであわわわわわとなった結果余計にうまくできなくなるのだ。


私の能力値が人より低いことは私が1番よくわかっている。
昔ギターを習いたくて、ギター教室に初めて行った時、右手で持ったピックで弦をはじいて音を鳴らすだけの動作が私にはどうも上手くできなくて、1時間ずっとそれをしていたら左手で弦を押さえるところまで行かなかったことがある。

小学校の家庭科でエプロンを裁縫したときには、男子の中ではかなり真面目にやっていた方なのにも関わらず結局授業の期間内に終わらず、放課後居残りして完成させていた。

 


そんな人より不器用でポンコツな私が毎日毎日怒られ続けるうちに次第にこう思うようになった。


どうやってもカメラは上手くできない…。
あの時のギターと同じ
誰でも簡単に出来ることなのに…。
なんて不器用でダメな自分なんだ。
やる気がないわけじゃないのにやる気がない人よりできない。
また今日も怒られるに違いない…。
同期のみんなは楽しそうに今日も研修している。
朝起きたくない…。
早く外科なんて終わってしまえばいい………。

 

 

毎朝起きるたびにどんどん憂鬱さが増していった。
外科を回るのが研修医生活に慣れだした6月とかだったらまた全然違う結果であったのだろう。
もう少し肩の力を抜くことができて、カメラももっと早く上達していたかもしれない。
まだ4月で右も左も分からないところでのこれだったから大変だった。

(まあそんなことを言っても、去年も一昨年もその前も4月から外科スタートの研修医1年目というのはいたわけで。何年間も問題がなかった研修システムなのに、今回つまずいてしまった私の能力値が低いのは言うまでもない。泣)

 

 

こんな風に悩んでいたのがつい数日前までの話だ。

本当に毎日悩んでいたせいで、3週間更新が途絶えてしまった。

ここまでの期間が長かったが、幸い今ではなんとかカメラに慣れて上手くやることができている。

上手くできるようになってからは、先生達も私に対してどこか優しくしてくれるようになった。

地球人と友好関係を結びにやってきた宇宙人が長い敵対関係を経てようやく地球人に歓迎された、そんな気分だ。
「カメラうまくなったな」と褒められるたびに、嬉しいというよりかはホッと安堵している。
こいつヤバい研修医か?と一歩引いた目で見てきていたのが、明らかにまともな人間を見る目に変わったのは思い込みではないだろう。
おかげで上級医との距離感も少し近づいた。

これまでカルテの使い方やオーダーの仕方を一度も教えてくれなかったトンデモ指導医がもう5月に入るここへ来てやっと「オーダーの出し方わかる?」と教えてくれたのは笑えた。
どうやら私は職場に居やすくなったのようだ。

 


急激にカメラが上手くなった理由はまた追々話そうと思う。


とりあえず言えるのは、どんなにポンコツな人でも丁寧に指導すれば、出来るようになるパターンもあるってことだ。(丁寧に指導しても響かない人もいるのかもしれないけど)
もしポンコツな部下がいてイライラしてる上司の人がいたら、あいつは言っても無駄だ、あいつはダメだ、と決めつけるのはちょっと待ってほしい。

部下の目線まで降りてあげるのは大変だけど、一度丁寧に指導してあげてほしいと思う。
その部下も、怒られすぎたり緊張したりで脳内のCPU使用率が100%を超えてしまっているだけなのかもしれない。
その人が持ってる本当の実力を引き出せていないのかもしれない。

 

 

心境の変化としては、とりあえず最近は朝が怖くなくなりました。
今でも指導医は顔も性格も苦手ですが、前ほど脅威ではなくなりました。
挨拶も返してくれるようになりました。
機嫌がいいとあちらからも話しかけてくれるようになりました。
朝起きてすぐの、あぁ行きたくない…が今では、今日も頑張るかーに戻ってきました。

 

怒られない外科の研修は、案外楽しいです。

1週間のお気持ち

2022/4/10

 

研修医が始まって1週間が経過した。

 

初めて顔合わせする同期や先輩研修医の方々と馴染めるように、浮かないようにと気を遣いまくるのも束の間。

オリエンテーションもほんの2日程で終わり、学生の頃想像していたよりもずっと早く病棟という現場に放り出された。

今は指導医の先生方に嫌われないように、足を引っ張らないように、気を遣いまくる毎日だ。

 

知識はないけどやる気はそこそこある初期研修医を演じるために毎日朝起きて出勤する。

大学生、いや小学生の頃からこの体に染みついたもはや私の個性とも言うべきこの遅刻癖を直す具体的な方法論はどこにもなく、ただ遅刻しないよう遅刻しないよう注意するのみだ。

それゆえにどっと疲れる時がある。

とりあえず朝起きれるように、7時間は必ず寝ることにしている。

できれば8時間は寝たいので、仕事から帰ってきたらスマホを触ったりすることもなくすぐに寝る準備に入る。

大好きなゲームも、する時間がないし今はしたいとも思わない。今回っている科は土日出勤なので、仕事のことが完全に頭から離れないからだ。

気付けば、今緊急で呼ばれたらどうしよう、あの分からない輸液と薬調べなきゃ、先生や看護師は自分のことをどう思っているだろうか、果たして当直できるだろうか、これから先やっていけるだろうか...そんなことを毎日考えている。

 

研修医の仕事は思っているより下働きだ。

4月に入る前ツイッターで多くの現役医師たちが、「研修医に求めること」と題して、挨拶や遅刻しないこと、など小学生の朝会で挙がってきても可笑しくない簡単なことを列挙していた。

その意味も今では少しわかる。

自分が学生時代馬鹿だったのも大いにあるが、今のところ私がしていることと言えば上から言われたことを「はい」「はい」と言ってやるだけだ。

別にそれが嫌だとも思わない。

むしろ、自分で考えるのは苦手だし、それゆえに自己判断で動くと怒られることが多いので、命令を聞くだけのロボットで許されるのなら私は喜んでロボットになろうじゃないか。

 

ただ、そんな研修医生活でも、毎日多くのことを教えてくれる優しい専攻医のドクターがいるのだが、その先輩が私にある言葉をかけてくださった。

「研修医の間は分からないことを質問するなりして一つずつ潰していけばいいから。」

無力すぎて何をやっていいかわからない、何から手をつけていいかわからない、そんな自分にとってはどこか目の前が少し明るくなるような、そんな励ましだった。

 

そうだ、私にも研修医期間の目標ができた。

分からないことを調べるロボットになろう。